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投稿日
2013年5月20日 10:36
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結婚式とは、そもそもどんなものなのでしょうか?

結婚する2人は、なぜ 披露宴を催し
「新郎」「新婦」になりたいと思うのでしょうか?

結婚式は"親に見せたい 私達の晴れ姿" "今まで見守って、身近にいてくれて、
ずっと長い間働いて育ててくれた親に見てもらいたい"

親と子の関係で ひとつの区切りを感じる 結婚。

その時期だからこそ 結婚の意味を改めて 深く感じるのでは ないでしょうか?


そしてまた、結婚式の楽しみは、それだけではありません。

辛かった事・・・割り切れなかった思い・・・悔しかった事・・・

ちょっと嬉しかった事、

大笑いした仲間、

有頂天になった時代、

感動した事、夢のような出来事・・・・今日までの日々を
一緒に過ごした仲間、友人達・・・あの頃の友情を感じ合った仲間に会える、

自分が出会って選んだ結婚相手を見てもらいたい。
ちょっと自慢したい、ちょっと恥ずかしい、でも、なんだか誇らしい気持ち。

そんな いろいろなモノが入り混じっていて、

これも、結婚式の楽しみの一つ。


自分が頑張っている会社の人達、
上司や仲間、後輩にも「自分」のお披露目をしておきたい。

ひとくぎり けじめをしておきたい。

これも、社会人としての覚悟の一つ。


そして、何より これから一生一緒に生きていきたいと思った、
そう決めた相手と誓いの瞬間を
心に刻みたい。かみしめたい。

それは、自分が決めた相手を愛おしいと思い
人生最大の幸福感を味わっているだろう
この時を、夢のように残したい。


後になって思えば、結婚式とは人生の中間点にある、
家族と仲間へのありがとう・・・ふたりの幸せと美しさの想い出の宝箱なんだと。

中間点の集大成では?

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植物で言えば芍薬の満開の時期のようでしょうか?

※(芍薬は花が枯れても根に人の体を健康にする抗酸化作用などの成分が蓄積されています。
本当の集大成は花が枯れても芯のところに溜まっているんです)

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結婚式とは、人生後半を、実りある濃いものにするために、
どうしても 必要なけじめとしての「くぎり」なのではないでしょうか?


私は、人生の中間で このくぎりを味わった人とそうでなかった人の差は、
50年後、どれくらい広がっているだろうか?と考えると怖くなることがあります。

20年間以上 結婚式を見続けてきた私にとっては、
このわずか、一日のたった、3から4時間の集いの中にある、
小さな でも 深い感動のひとひらひとひらが 人生の本当の宝物のように思えます。


目に見えないけど、手にとって触る事もできないけど、

お金のように大きなモノを動かすこともできないけど、

本当に得難い宝物のように思います。


現在の結婚式の在り方は、日本特有の文化だと思います。

大げさなようですが、この「日本の結婚式」こそ が

日本人の底力を支える原動力だと感じます。

この結婚式を見れば見るほど、

日本人に生まれてきてよかったと、ありがたい、と思います。


2013/5/20

阿久津五代子

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